和敬塾をとりまく坂の話①
和敬塾は、変わりゆく大都会を眼下に従え、屹然と目白台に聳え立ちます。和敬塾正門から目白通りを西に向かえば行き当たる千登勢橋に佇むと、南に新宿、北に池袋の街灯り。その間を行き来する数えきれない自動車が千登勢橋の下を通り抜けていきます。かの田中角榮が目白御殿を構えた心情もまた類似したものなのでしょうか。
ええと、かなり煽りましたが、結局のところ、和敬塾から街へ繰り出すときには、必然的に様々な坂を下らなければならないのです。胸突き坂、幽霊坂、夜寒坂、三丁目坂・・・。もちろん、下ったものは上らばければなりませんよ。 ということで、和敬塾をとりまく坂の話①。
『胸突き坂』
夜な夜なラーメンを食べるため下る短い坂は、和敬塾内の早稲田学生が朝夕通う坂と同じ坂です。『胸突き坂』といいまして、神田川・早稲田の方に下りる坂です。和敬塾から神田川まで一直線、坂下左には神田川を治める水神社。和敬塾生はここの神様を大切に敬っているので、神田川は安心でしょう。

加えて、坂下右手には、松尾芭蕉ゆかりの芭蕉庵。神田上水工事に従事した松尾芭蕉が3年間暮らしたそうです。竹林とか湧き水とか、風流なところです。あまりに風流すぎてテンションあがった同輩が履いているサンダルを芭蕉庵の塀の向こうにぶん投げてしまったことがあったほどです。春になると神田川に沿って植えられた桜並木がとてもきれいで、芭蕉庵がよく映えます。お祭りが催されているときはそこに出店の焼き鳥の匂いも加わって、いい雰囲気です。

胸突き坂を下ればそれ以外にも、ラーメン屋複数とコンビニエンスストア。夜行性大学生のための空間です。リーガロイヤルホテルもありますが、レポート書き上げてコンビニでおでん買った帰り道、深夜3時頃にあのホテルのポツポツと灯っている窓明かりを見上げると深いため息が出るのはどうしてでしょう。そのあとトボトボと神田川にかかる橋を渡り、胸突き坂を上って、私は和敬塾に帰っていくのでした。

ちなみに、23区内に『胸突き坂』と呼ばれる坂は4つあり、文京区内にその3つがあるそうです。
以上、同輩広報部藤田・和多田に遅れ取るまじく、1年広報部西川が法学のテスト前日に執筆させていただきました。
2008/02/05 文責西川

[…] その他、和敬塾関連の村上春樹さんに関する記事です。 <村上春樹の世界>早稲田時代を歩く 和敬塾をとりまく坂の話 […]
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