2008/5/28 水曜日

新歓期感想文④

カテゴリー: 新歓期 — 9:19:29

一年生が新歓期の思い出を語る 新歓期感想文”第四弾”

S・T

東京での楽しい大学生活を胸に抱いて、この和敬塾に入寮したその日にその気持ちはすぐに崩れ去った。そこから僕にとっての地獄の3日間が待っていた。入寮初日には、スーツ姿でホールに集められひたすら何時間も声だしの練習をさせられた、また班会議や委員会面接というこれまで体験したことのない恐怖と緊張を味合されたからだ。この3日間でどれだけ和敬塾を辞めたいと思っただろうか。しかしその後のお部屋回りでは、先輩方の為になるお話を聞かせていただいたり、ぶっちゃけ話やゲームをしたり、お部屋回りとして一緒に食事に連れて行って下さったりと、とても有意義な時間を過ごせたと思っています。 
和敬塾での新歓を通して僕は、今まで以上に社交的になることができたし、自分はこれだけのことをしたんだぞっていう自信を持つことができるようになりました。現在は和敬塾での生活は楽しいので、これからもいろんな行事を行いながら、楽しく大学生活を過ごしていきたいと思います。

S・S

 大学の入学式当日、自分はM・Tを枕に爆睡していた。そう、それも謎の儀式、「新歓期」の真っ最中だったからである。仕方がない。新歓期中は、何をしていてもお部屋廻りを終わらせることしか頭になかったような気がする。この入学式も、お部屋廻りが終わらなかった罰として、委員会の先輩方にトイレに流される夢を見た。自分がトイレに吸い込まれていく衝撃と、Mの臭い息で「下氏起きて」という呼びかけによって目が覚めた時は、自分が人間でいる意味が一瞬分からなくなったのを覚えている。新歓期中は、このようなあらゆる衝撃や眠気や疲労と寝食を共にした。
今新歓期を終えてみて、自分の中の多くの回路がぶっ飛んだが、大切な一本の回路が新たに繋がった気もする。自信とかそんなかっこいいものが得れたら最高だろうが、まだ自分には新歓期に何を得れたのかは分からない。ただ、様々な「人」を知れたことはとてもよかったと思う。
最後に、この文章を書いて、「○○○」とパソコンに打って変換するとMと変換されるようになったのが大変心残りである。

Y・T

和敬の新歓期は何とも形容しがたい。
敢えて言うなら「未知との遭遇」である。
その驚きを比喩すると桶狭間で織田信長が勝利したぐらいの衝撃だった。
大日本帝国陸軍を彷彿させる大声出し、自分の声を失った・・・・。
入学したてのクラスでの自己紹介で「風邪ひいているんだ」と理由づけをしてみたがその後1ヶ月間、自分は風邪という理由を使い続け、クラスの人からの白眼視に耐える日々が続いた。
夜遅くまでゾンビのように寮内を徘徊しながら大阪夏の陣(豊臣方)レベルの新歓期を共に戦った一年生は「戦友」と書いて「とも」と呼べるくらいであろう。
こんな素晴らしい戦友を得られただけでも和敬に来た意味があったと思う。
お部屋廻りでは西寮の個性溢れる先輩方のことをいろいろ知ることができたし、今後の参考になるような有難い話も頂けた。来年、自分がお部屋廻りを受けるのが楽しみだ。
 新歓期は辛かったが、川中島の戦い・関ヶ原の戦いに引けを取らない興奮と感動がそこにはあったと思う。

2008/5/27 火曜日

明治大学 六大学野球V

カテゴリー: 日常, 塾生の生活 — 22:32:51

5月24日  優勝への王手をかけた法政大学との一回戦
両チーム合わせて25本の安打が飛び交う乱打戦を苦しみながら制した明大

25日試合は雨で延期となったが、翌26日の二回戦目に勝利すれば一場投手在学時以来8季4年目の優勝になるという知らせを受けて我々和敬塾西寮の明大生が立ち上がった。

猛暑の中、1〜4年生の計5名が神宮へ向かう
続々とスタンドに入場してくる他の学生と肩を並べ、新歓期で鍛えた大声を駆使して野太い声援を送る。

しかし、初回に法政の4番亀谷のタイムリーを浴び一点を先制される。
悪い雰囲気の中、明大生の必死の応援もむなしく6回にはソロホームランを打たれてしまう。

もうダメか…そんな思いがスタンドに漂いかけていたその時、4番小道がフォアボールで出塁した。バッターボックスに立つのはケガから復活した佐々木。

5球目で振り抜いた打球が宙を駆ける。
観客が見守るボールはレフトのファールゾーンぎりぎりに吸い込まれた。

同点の2ランホームラン

歓喜に揺れるスタンド
神宮球場に鳴り響く紫紺の唄

いける!!誰もがそう思った9回の表
1死2塁の勝ち越しのチャンスを法政の好投に阻まれ、引き分けに終わった。

悔しさを胸に我ら西寮応援団は26日の第三試合も応援に来ることを誓い神宮を後にした。

明治大学 六大学野球V 西寮

26日 対法政戦三日目
5名の寮生が各自所属するサークルやゼミなどと行動をともにしつつも神宮に出陣した。

先発は昨年甲子園準優勝、一年生の野村祐輔(広陵)

4回まで両投手の好投により両者無得点のまま試合は進んだ。
しかし、この回相手のエラーによって一点を獲得するや、明大打線は爆発する。

6得点で迎えた九回の裏、優勝コールに沸くスタンド
ピッチャーはエース岩田

3アウトの瞬間、球場内に喜びの叫びがこだました。
皆で肩を組み紫紺の唄を歌い、右手を高く振り上げ校歌を歌う。

今夜は本当に酒がうまい。
感動をありがとう。

明治大学 六大学野球V 神宮球場

ただし西寮生として早稲田大学野球部の高橋英輝を応援します。
明大と戦うのは複雑だから勘弁して欲しいけど…

新歓期感想文③

カテゴリー: 新歓期 — 20:57:59

一年生が新歓期の思い出を語る 新歓期感想文”第三弾”

S・S

静岡県伊豆の国。こんな犬も食わないだろうしょーもない名を負う土地の上に立つ学校の時間を3・4年程遡れば、そこには応援団の練習に参加する(比較的)純真な自分の姿が見つけられるだろう。今自分がその時空に存在しえるならば、鮮度を失い力なく横たわる魚達の如き死んだ目をしながら罵声笑声好奇の視線を耐え忍ぶ不憫な自分の耳元に、こう囁いてやろうと思う。「大丈夫だよ。未来にはもっと強烈で凶悪で驚愕の体験が君を待っているんだから」
無論、ここでいう体験とは新歓期のことで、礼儀と大声と記憶力、果てはお笑いのセンスまでもを駆使し、荒ぶる先輩方をお鎮めするそれはそれは大変な約一か月の通過儀礼を指す。自分は粗相に沮喪し、死を覚悟した。しかし人間とは不思議なもので、喉元すぎればなんとやら、あの辛酸も薄れ今頭に残るのはお部屋廻り等の良い面ばかり。(一般に蛮勇と称される類の)度胸つくし自己PRはバイトの履歴書にそのまま使えるし(落ちたけど)…あれ、新歓期って実は最高じゃね?

Y・H

 満開の桜、青く澄み渡る空。そんな美しい春の風景とは裏腹に、自分の気分は陰鬱なものであった。その原因は言うまでもないが、一応言っておく、SHINKANKI!!
あらかじめ覚悟していたが、新歓期の厳しさは想像を絶するものであった。寮中に響き渡る大声、廊下を深夜まで歩き回ること、部屋周りで過ちを犯してチューター呼び出し(おそらくチューター呼び出しの回数では上位に位置するだろう)をされてしまうこと・・・。苦しい思い出が走馬灯のように思い浮かぶ。大学の入学式の写真を見ると、自分の顔はまるで廃人のようである。
しかし、新歓期を通して得るものは多くあったし、成長することもできたと感じている。もし新歓期がなかったら、今どんな寮生活を送っているだろうか。今より希薄な生活を送っていると自分は思う。
新歓期を乗り越えることができたのは、自分を励まして支えてくれた人たちがいたからだと強く感じている。本当に感謝したい。

A・M

新歓期は今思うと楽勝だった。・・・・・・・・・・ってんな訳ない。そんな事思っている1年生はいないだろう。自分は最初の2、3日目でやめたいと思った。委員会面接、班会議がとにかく恐ろしいものだったからである。廊下で先輩に会うのも怖くて、夜一人でトイレに行くこともできなかった。お部屋廻りも不安がいっぱいあったままに始まった。しかしお部屋廻りをどんどんしていくうちに、なぜかだんだん楽しくなっていった。本当にいろいろな人間がいるということが分かったし、話が合う先輩、話がおもしろい先輩が、たくさんいたからだ。チューターの先輩にもとても助けられた。最初は自信がなかった自己PRも先輩方に指摘されていくうちに、自身を持って言えるようにもなった。油という名の今まで食べた事のないラーメンに出会うことができた。自分は新歓期があって本当によかったと思っている。自分が成長したと実感できたからだ。そして自分は早くも今から自分がチューターになったらの事を考えている。

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